
Interview vol.24
ワイカト大学教授
ピーター・モーランさん
ニュージーランド産ハチミツは、大いなる可能性を秘めている
ニュージーランドを代表する特産物のひとつであるハチミツ。ポフツカワ、タワリ、レワレワなど珍しい種類のハチミツが数多く存在するが、人気・知名度ともに最も高いといえるのが、類まれなる抗菌力を有するマヌカハニーだろう。そんなマヌカハニーを中心としたニュージーランド産ハチミツ研究の第一人者が、ワイカト大学教授ピーター・モーラン博士。30余年もの間ハチミツと真摯に向き合う生化学者に話を聞いた。

オークランドから車で約2時間。農業都市ハミルトンの郊外に位置するニュージーランド国立ワイカト大学は、1964年に創立された国内で最も新しい総合大学だ。約70ヘクタールの広大なキャンパス内にビジネス学部、教育学部、文学部、環境学部などさまざまな分野の学部を有し、13000人以上の学生が学んでいる。70カ国から集まった2200人の留学生を抱える国際的な大学でもあり、世界トップクラスの教育レベルを誇っている。
特に理数系に評価の高い同大学の生化学科で長年教鞭をとっているのが、英国出身のピーター・モーラン博士。1995年、学内に「ハニー・リサーチ・ユニット」という研究機関を設立した“ハチミツ抗菌学”の第一人者だ。
「私は英国で生まれ、ウェールズ大学で生化学を専攻しました。卒業後はリバプール大学に進み、講師を務めながら博士号を取得しましたが、その頃から抗菌とバイオテクノロジーを専門にしていました。ニュージーランドに移り住んだのはもう30年ほど前になりますが、抗菌の研究に興味があったので、抗菌作用を持つハチミツにも関心を抱くようになったのです」
モーラン博士がニュージーランドに移住したのは、「自然の近くでもっとのんびりした生活をおくりたい」という想いからだった。できればこの国でも抗菌に関連する仕事がしたいと考えていた博士は、程なくその希望通りワイカト大学で教職に就く。そしてハミルトンでの暮らしにも慣れた頃、近所に住む養蜂家と親しくなり、その縁でマヌカハニーの存在を知ったという。養蜂家たちが“マヌカハニーは健康にとてもいいと思うんだけど、誰も買ってくれない。だから採取しても捨てるか、家畜の餌にするしかない”とこぼしているのを耳にしたのだ。
「私もマヌカのことは知っていたし、マオリの人々が古くから薬に使っていたくらいだから、その花の蜜にも何らかの効用があるに違いないと前々から思っていたんです。しかし当時のニュージーランドでは、マヌカハニーに関する知識を持っている人は皆無でしたし、あのハチミツは味にややクセがあるのであまり好まれなかったんですね。ですから、マヌカハニーのことをじっくり調べ、その効果と根拠を科学的に証明できたら面白いのではないかと考えたのです」
マヌカハニーの高い抗菌力に注目して検証を開始したモーラン博士。やがてマヌカハニーにはほかのハチミツには見られない独自の成分が含有されていることに気がついた。
「ハチミツの抗菌作用ははるか昔から認知されていて、古代エジプト人やローマ人が傷の手当てや胃腸薬として使用していました。つまり、全てのハチミツに抗菌性が確認できるのですが、マヌカハニーはそれが突出して高かったんです。それがなぜかを追求し、実験を重ねるうちに、マヌカハニーだけが有する特殊な成分があることが判明しました」
マヌカの花の蜜が自然に作り出す抗菌成分──博士はそれを「UMF(Unique Manuka Factor)」と命名。そしてこのUMFにピロリ菌を除菌する高い抗菌力があることを実証した。
胃がんや胃潰瘍の原因菌といわれるピロリ菌は一旦感染すると完全に排除することが難しく、それまでは除菌のために強い抗生物質を多量に服用する必要があった。この治療法ではピロリ菌以外の有用菌も無差別に殺菌してしまい、患者の体に多大な負担がかかってしまう。その点、天然の産物であるマヌカハニーなら副作用の心配もなく、安心して摂取できる。博士の研究結果は非常に画期的であり、医学界とハチミツ業界に多大な功績をもたらしたのだ。
「マヌカハニーの持つ素晴らしい力を証明できて、本当にうれしかったですね。また、同じマヌカハニーでも採取した時期や場所によって抗菌力が異なるので、UMFを数値化し、基準を設けることにも成功しました」
現在、市販されているマヌカハニーの多くに、UMFの数値が表示されている。この数字が大きければ抗菌力も強く、より確かな除菌効果が期待できるというわけだ。
「これまでの調査によると、北島北部で採取されたマヌカハニーはUMF値が高く、タウポ周辺のものは低い傾向にあります。通常、同種類の花から採れるハチミツでも気温や日照時間、降水量などが異なれば、含有物質に大きな違いが出ますよね。これはマヌカハニーも同様。ミツバチ巣箱を置く場所やタイミングを見極めたり、加熱処理を施すなど、ある程度までは人間の手で質の管理ができますが、人工のものではないので限界があります。それもハチミツ研究で興味が尽きないポイントですね」
非常に優れた抗菌力を持つマヌカハニーは、近年、医薬品としても世界市場に流通している。例えば大手養蜂メーカーのコンビタ・ニュージーランド社は創傷被覆剤「メディハニー」を発売。アメリカやヨーロッパの皮膚科医院および薬局で扱われており、アメリカ軍も負傷した兵士の治療に利用しているそうだ。
モーラン博士も、医療現場へのマヌカハニー進出を積極的に後押ししている。前出のコンビタ社をはじめとするハチミツ企業に情報を提供し、相互協力のもと、マヌカハニーを原料とした医薬品の開発に注力しているという。
「我が家ではマヌカハニーを主に傷薬として使っていて、その効果を自ら実感しています。先日も妻がクモに刺されたので、ガーゼにマヌカハニーを塗り、患部に当てておきました。するとほんの数日で傷跡も残らず、すっかり治ったんですよ。それほどの治癒力を擁するマヌカハニーを、ぜひ世界の医学に役立てたい。そのためのお手伝いができたらと考えているんです」
マヌカハニーの効用を、広く多くの人々に伝えたい──博士のそんな願いは実現しつつあるが、ハチミツの成分は複雑で、まだ解明されていない部分も少なくないと語る。また、最近はマヌカ以外のニュージーランド産ハチミツへも目を向けており、抗菌性はもちろん、抗炎症、抗酸化に着目して実験・検証に取り組んでいるのだとか。
「ハニーデュー、レワレワ、タウリなどのハチミツは、マヌカよりも炎症と酸化の予防・防止に役立つと考えているんです。現在はそれを立証するための臨床実験を進めているところ。年内に何らかの形で発表できるよう、頑張っています」
人間とハチミツの関係は古く、記録によると、紀元前1万5000年頃にはスペインですでに養蜂が行われていたという。しかしニュージーランドで養蜂が始まったのは1839年のこと。歴史はまだ浅いものの、恵まれた自然環境により、養蜂業は急速な発達を遂げてきた。大いなる可能性を秘めたニュージーランドのハチミツ。その驚異のパワーを世界に発信すべく、モーラン博士は今日も研究活動を続けている。
Text/グルービー美子(Media 4 New Zealand)
提供/ニュージーランドの歩き方
Peter Molan MBE
ぴーたー・もーらん●1943年英国生まれ。ウェールズ大学卒業後、リバプール大学で生化学の博士号を取得。73年にニュージーランドへ移住し、ワイカト大学で教職に就く。ハチミツの抗菌性を中心としたバイオテクノロジーの研究に携わり、マヌカハニーにピロリ菌を除去する作用があることを実証した。95年、同大学の生化学科教授に就任。同年、学内に研究機関「ハニー・リサーチ・ユニット」を設立し、ニュージーランド産ハチミツの解明に取り組んでいる。
ワイカト大学ハニー・リサーチ・ユニット
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